handle: North
real: Ken Washikita
address: Meguro/Tokyo/Japan
job: net-admin
hobby: read/write/draw/billiards
14歳の時に初めてパソコンに触れ、PC-8001でプログラミングを始める。N-BASIC、Z-80マシン語から入門。TL-1で構造化言語を知る。高校生の頃にCP/Mを触り、Whitesmith-Cをちょっとだけいじる。Turbo PascalからTurbo Cに移り、大学に入るころにC言語を本格的に始める。viの勉強代わりにrogueを始め、NetHackに移行する。
PC-9800全盛の頃、間違ってPC-286vを買ってしまいMS-DOSはこれで学ぶ。Unixに憧れるが、まだライセンスされていた時代だったので自宅では利用できず、大学のVAX-11/785を厳しい制限付きで少しだけ触る。そういうわけで最初のUnix体験はUltrixだった。ASCII-NETでオンラインになりパソコン通信で揉まれる。この頃書いていたのはUnixのツールをDOSで使いたいがためにcpやmvのようなプログラムやワイルドカード展開といったことをやっていたり、40MBのHDDをフロッピーディスクにバックアップするためにdump/restoreのmanpageだけを頼りにバックアップツールを作ったりしていた。NetHackではPC-9800用のカラーコードのパッチを書いたらdevteamに入れてもらえたりした。このほか大学で最もパワフルだったACOS4を相手にマンデルブロ集合の計算をしていた。研究室ではSun3/4の環境があり、SunOSでypの管理をした。しかし大学の対外接続はまだuucpで、電子メールが相手に届くのに2日かかることもしばしばある、というような時代だった。卒論では構文解析をテーマに選び、Lispで構文解析エンジンを書いた。それと並行して、共著や協力などで7冊の本の出版に関わった。
大学を出てからキヤノンに入社し、ワープロを作る部隊に配属になった。仕事はかな漢字変換エンジンの、辞書のメンテナンスとツールの開発だった。SPARCstationとWindows NTを開発環境にして、3.1/95をターゲットにクロスコンパイルしながらプログラミングした。同時に、部門のLANとファイルサーバの管理の手伝いをして、ネットワークの技術の片鱗を学んだ。
そのうち世の中はパソコン通信からインターネットへ切り替わった。Diabloというゲームにハマって攻略サイトを作り、その縁で知り合った仲間とインターネットの仕事を始めることになった。
SRS/さくらインターネットでは、しばらくFreeBSDを中心に回していた。ようするにApacheが動けばサービスはだいたい成り立つ。だが、すぐに周辺技術を身に着けていかないと間に合わないという状況になった。事業全体をごく少人数で回していたので、深みはともあれ、広く広く見ていかないといけないのだ。個人的な体験としてはレイヤ0(データセンターの構築)からレイヤ7(顧客サイトのUIデザイン)まで漏れなく体験している。幅についてはオンラインゲームプロジェクト(DDO/LOTRO)のNetOpsからさくらのクラウド開発リーダーまでやっている。
最近はLinux KVMの影響ですっかりCentOSになってしまっているが、本来はBSDで学んできたため、Unix知識がすっかりオカシクなってしまっている。時々出てくる中途半端なUnix哲学は30年前の古い知識か、BSDとLinuxの混濁による勘違いである。