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やりたいこととやるべきことの峻別

まつもとりーさんがこんなブログを書いた。

この中で、研究所での取り組みをもっと紹介していこう、という話がでてくる。となれば自分も書かねば、ということで「やりたいこと」の話を取り上げてみたい。

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「学生時代にしか出来ないことをしてね」とは、本当は言いたくない

企業にいて面接官をやっていると、学生に対してこれに近いことを言う機会が結構ある。あるのだが、慌てて弁明させていただくと、当の学生から質問を受けるので仕方なく答えているのだ。その質問というのがこうだ。

「就職までにどんなことを勉強したらいいですか? あるいはどんなことをやっておくべきでしょうか?」

これに対して、自分はこんな風に答えるようにしている。

「就職すると、イヤでも会社の命令に従うことになるので、就職する前にそんなことを聞くのはやめた方がいいですよ。そんなことより、今やれることをやっといた方がいいです。ちゃんと勉強して、卒業してください」

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このような質問は以前から頻繁に受けていて、社内ではFAQになりつつある。とうとう、答えの方まで紋切り型になってきてしまい、「学生時代にしか出来ないことを」「今しか自由時間はない」「悔いが残らないように」みたいな答えを付け加えてくる面接官が現れるようになっている。自分は聞かれない限り答えない主義なので先回りはしないが、周囲の人は時々先に言ってしまうようになっている。今時の学生がこういうことを言われる機会が多いのは、これが理由だと思う。

だが、やっぱりこういうことは言うべきでないと、自分は強く思う。どう聞いてもお節介か、お説教にしか聞こえないからだ。

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原典主義者が語るUNIX哲学的面倒臭さ

CentOS8で初めてlsのクォート機能を見たとき、真っ先に思い出したのが「UNIX原典」という本に載っていた「UNIX環境におけるプログラム設計」という論文だった。これは1984年に出た本で、学生の頃にプログラミングの師匠に貰ったものだったが、特にお気に入りが前述の論文だ。で、これをもう一度読もうと思ったら、オフィスのどこかに紛失してしまって見つからない。仕方がないのでもう一冊買ってしまった。

UNIX原典

ところで該当の論文は、原著がPDFで公開されているので、もしその気があるならこちらで読める。

今回はこの論文の内容を紹介したい。

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プログラマになるということ

なんだか最近、〇〇になるためにはどんな勉強をしたらよいですか? と聞かれる機会が増えている(たぶん年をとったせいだと思う)。こういう質問に5秒で答えないといけないときには「好きなことをやればいいんですよ、人から言われたことをやるなんてナンセンスですよ」と言ってお茶を濁すようにしている。これは自分にとっては真理だ。自分がコンピュータに出会ったのは14歳のときだったが、そのときからこれまでの間、興味を持った事柄以外のことは熱心に勉強しなくなってしまったからだ。まあその結果、学校の成績はひどいことになったけれど…。

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だがしかし、この種の質問に真面目に答えるべき理由はちゃんとあるし、これまた最近の傾向として、じっくり時間をかけて考えるヒマもある。そこで技術の棚卸しをやろうかなという気分でいるのだ。というのは、何かになるという目的を達成するにはどんな知識を身に着けるべきかを考えなければならず、そうなると関連分野を一通り見て回らねばならず、ということは自分(あるいは質問者)の狙っている最終的な目標に対して、どんな技術が必要なのかを調べ上げてリストアップし、それに対してどのようにアプローチしたらいいかを考えなければならなくなってしまうからだ。

ところが、これがまたうまくいかない。突き詰めてみると自分は「興味を持ったことをとことん追求すれば、技術力は勝手についてくる」論の信奉者なので、そもそも「どんな勉強をしたらよいか」という問いそのものに矛盾を感じてしまうのだ。それって自分でやりたいことが分からないって意味だよね、と。

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さて話はガラッとかわりまして

オンラインゲームのプロジェクトに関わっていたころの話なので、たぶん2005年のことだったと思う。ゲームの開発はボストンのTurbineという会社がやっていた。そのゲームを日本語化して、こっちのデータセンターに置いたサーバ上で動かして日本のユーザに遊んでもらうというのが基本的なコンセプトだ。そのために仕様書をもらい、スペックを満たしたシステムを組んでいかねばならない。ある程度の自由は許容されているが、勝手をやってゲームのクオリティを下げるわけにはいかないのでエンジニアリングのチェックもあったりする。そういうわけでボストンへ出向いて打ち合わせもやるし、ボストンからエンジニアが来てこちらのシステムをチェックするということもあった。プロジェクトの間に、ボストンから日本へ、エクゼクティブも含めて10人ぐらい招いたと思う。

エクゼクティブはそれなりの接待を受けるが、エンジニアはエンジニア同士で、ということで、来日したTurbineのエンジニアの面倒は自分が見ることになった。当時は英語ができる社員があまりおらず、相対的に自分が、英語が得意な社員と見なされていた。これはまったく不合理な話だった。何しろ自分は高校生のとき、英語で留年しそうになったぐらい成績が悪かったのだ。そんな自分より英語ができないってどういうことだ? 全員留年したってことか? まったく不可解極まりない……。まあ実のところ、みんな英語で話をするのが恥ずかしいというだけのことなのは分かっていたので、それ以上は突っ込まなかったが。

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