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ノートとタッチタイプ

よいエンジニアは日記を書くものだ、とワインバーグ先生は言っていた。自分はあまり実践できていないが、できるだけ文字の記録を残すようにしている。肝心なのは記録を残すことで、どのような媒体かは問題ではない。現代ならば電子的に残すのがジョーシキかもしれないが、ペンを使ってノートに書くという手段もある。

そう、自分は普段、業務記録にボールペンと紙のノートを使っている。ミーティングのメモや議事録は、特定の理由がない限り、最初にペンとノートで記録する。会議室で、みんながノートPCを開いているのに、ペンとノートなのは自分だけということはよくある。むろんPCとキーボードで電子的に記録を取る方が速くてきれいで疲れない、というメリットはある。だが、議事進行を頭に入れ、理解し解釈し記録を取り、かつ自分の意見や質問事項をメモしていこうと思うと、ペンとノートに敵う手段がまだ見つからないという状況なのだ。

この習慣はだいたい30年ぐらい続いている。最近の出社禁止令で全部のノートを集められなかったのだが、なんとか倉庫からさらいだした過去10年分のノートがこれだ。

2010年から最近までのノート

10年前はコンビニで買ったいい加減なリングノートを使っていたのだが、コクヨのノートに切り替えて、現在に至る。

自分にとって文字を書くことは、耳から入ってきた情報を記憶に焼き付けつつ、紙に記録して残す作業だ。記憶と記録に同時に残すことによって「あの日のあの時の誰かの発言は、ノートのあの辺に書いてあったな」というイメージと共に記憶される。こうするといろいろな連想と共に記憶が強化され、後で思い出しやすくなる。自分ではこれを写経と呼んでいて、覚えたい事項は強いて紙に書くようにしている。とはいえ、結局忘れっぽいので、忘れたときにノートを見返して思い出すことになる。きちんと記録された紙があるので、ちゃんと思い出すことができるわけだ。

本当はノートなんか使いたくない、が。

自分の就労体験は27年、PCを触りだした頃から数えると38年になる。社会人として最初に所属したのが研究開発部門だったため、いわゆる研究ノートをつける重要性を叩き込まれた。ただし、30年ほど昔の話だし「研究ノート」であるので、「消せないペン(油性ボールペン)で、綴じられたノート(ルーズリーフはNG)に記録せよ」というアナログなことを教えられた。若かった自分は、なんと時代錯誤だろう、タッチタイプの方が速いし、電子化された記録の方が後で検索もできるし共有も便利だし楽でいいじゃないか、と思った。まあ研究には向いていないタイプだったのだ()。

そこで試し始めたのが、携帯性に優れた端末を持ち歩き、メモや議事録をそれで取るということだった。当時発売されていた製品を吟味して選択したのはOASYS Pocketだ。自分は親指シフトできるので、逐語記録ぐらいは問題ない。これはこれで、まあそれなりに役に立った。だが限界はすぐに見えてきた。

  • 当たり前だが文字しか記録できない
  • テキストは文字ストリームで、実はこれは1次元だ。2次元(平面)のように見えてそうではない
  • 当時、現代のMDはなかったもののmarkupは理解していた。それでもなお文書の構造化には限界があると感じた
  • とくに議事進行に合わせてこれをまとめ上げるのは時間が足りな過ぎた。議事録は完成するが自分の考えはまとまらず、盛り込めなかった

これらの問題は、デバイスの性能がアップし、機能が進化し、使いやすいアプリが登場すれば解決するだろうと思っていた。事実、時代が進んでノートPCは安くなり、性能が上がった。インターネットが一般化し、帯域は驚くほど大きくなった。ディスプレイが大型化し、高精細になった。マウスが勃興し、タッチパネルも当たり前になった。書き文字は自動認識され、翻訳すら可能になった。この間に、数多のデバイスを試し続けた。現代では、なんなら音声認識で書き下しすら不要になりつつある。さて、それで上記の問題は解決しただろうか。

残念ながら「議事進行に合わせて記録をまとめる」ということでは、満足のいくものは得られていない。現在手に入るデバイスはどうも中途半端でダメなのだ。どうやら自分が会議中に行っているいろいろな事柄は、思っている以上に空間的に広いようだ。それを無理やり記録しようとしてもどうしても中途半端になってしまうので、現状の電子機器群をあれこれ工夫して使い続けるより、安価で耐久性に優れ電源を使わないペンとノートで妥協してしまう方がマシ、ということになってしまう。ちょっと譲って、ペンとノートを電子ペンとタブレットに置き換えてもいいかもしれないが、結局タブレットが紙のノートほどに便利ではない、タブレットが提供する利便性は議事録を取っている間、あんまり役に立たないと思えてしまう。タブレットが提供する利便性は会議が終わった後に発揮されるように思える……。現状ではペンタブがさらに進化するのを待つしかなく、それまでは紙のノートを手で清書するかスキャンして直接電子化するのがベター、ということになってしまう。

これは単に、ペンタブやらPCやらを「真に」使いこなせていない自分の問題なのかもしれない。だが30年以上努力し続けた結果なので、「お前が悪い」という結論は受け入れてもよい。

記録のよいところ

とはいえ、肝心なのは媒体ではない。記録そのものだ。その例をお見せしたい……と思ったのだが、業務ノートなのでホイホイとお見せできないところが難点だ。そこでざっと見直してみて、もう時効かなと思えるさくらのクラウドの最初のインストールの時の作業ログを公開したい。

2日目の作業予定記録

さくらのクラウドは2011年11月15日に石狩データセンターでサービスを開始した。ところが、実は石狩IDCの竣工日は11月1日で、サーバのセットアップが開始できるのもこの日から、というのが発覚したのが10月だった。自分はインターネットのエンジニアで、建築には全然詳しくなかったのだ。つまり2週間以内に、大量の機材を設置し、設定し、テストを終え、サービス開始させなければならないのだ。このノートはそういうプレッシャーの中で書かれた記録だ。自分の担当はホストサーバのセットアップで、ラッキングは手伝ってもらえたが、ディスクイメージは自分で作って百数十台分を用意しなければならない。その手順についてメモしているのだ。ただ、自分用のメモなので作業概要というよりは備忘録にしかなっておらず、他人にはまったく役に立たない。

4日目の夜のミーティング議事録

これは4日目の夜に行われた、その日の作業の進捗ミーティングの議事録だ。全部のチェックリストではないが、懸念事項と残作業についてのメモになっている。「光の量」というのは「設備」から「サービス」までのファイバの減衰を測定した結果だ。普段こんなことは「サービス」では確認しないのだが、当時はデータセンターそのものがサービスを開始しておらず、自分たちでチェックするしかなかったので項目に入っていた、のだと思う(ちょっと記憶が曖昧)。障害テストというのは冗長構成したうえでケーブルを抜くなどして、経路が迂回されるかを確認することだ。IBというのはInfiniBandのこと。Xsigoはそのコンバータと思っていただきたい。OVSというのはOpen vSwitchだ。自分の残作業として、メモリテストを一晩中やるつもりになっていることが分かる。たしか電源と発熱負荷テストを兼ねていたはずで、非常に面白いデータが取れたのだが、これは残念ながらお見せできない。

タッチタイプ — 思考のdump

ここまではペンとノートの優位性について書いてきた。ではタッチタイプはどうなのだろう。

タッチタイプの最大の利点は、思考の流れを書き下すことに適しているということだ。周囲の情報を取り込み解釈しつつ記録するには向いていないと論じてきたが、自分で文章を書くならば、これほど優れた手段はない。自分は文章を書くときに、1次元的な考え方をしている。文章を1つの流れのように作り出している。これはテキストのストリームとしてテキストファイルに書き下すのにちょうどよく、キーボードから文字を入力する作業にそのまま落とし込める。文章を作る思考スピードと、キーボードから文字を入力し・かな漢字変換し・それをチェックして確定するまでの流れは、だいたい同じぐらいか、まあ我慢できるぐらいのスピードで同期できる。そうすることでどんどん作文できるのだ。

電子化された文書記録の特徴には、きれいに素早く修正できるという利点もある。自分は機械式タイプライタでタッチタイプを覚えたので、ハンマーや修正液で文字修正するのがどれほど面倒なのかを知っている。一方電子化されたワープロ環境では、BSキーであっという間に何事もなく誤字を削除できるし、推敲の結果原稿が真っ赤になることもない(ただしこれは、修正記録が残らないという欠点にもなる。修正記録を残すための仕組みが別に必要になり、これがまた更に別の問題を生み出すことになる)。推敲の作業全体では、まだベストと言い切れるアプリに出会えていないが、ペンと原稿用紙の組み合わせよりはマシかな、と思っている。

自分はこれまでに10冊ほどの書籍の出版に関わってきたが、どれもコンピュータの助けなしには成しえなかった。たとえば1990年の時点でも、書いた原稿はメールで送っていた。あれがもし原稿用紙に向かってペンで書けと言われていたら、間違いなく挫折していただろうし、書いたコードをディスクにセーブして郵送しろと言われていたらふざけんじゃないよと辞めていたと思う。

参考リンク